紅葉なら秋、富士山なら冬。箱根のベストシーズンは、たいていひと言で片づけられます。そう言われれば頷けるのに、新宿から小田急ロマンスカーで約80分、2日間フリーパス¥7,100で通えるこの山は、ほんとうはもっと奥が深いんです。箱根湯本で電車を降りれば、川音と湯の匂いにふわりと包まれ、標高を上がるほど空気がひんやりほどけていく。しかも人気はいま本物で、2024年の観光客数は2,031万人と、6年ぶりに2,000万人を超えました。
というのも箱根は、一つの季節を持った一つの町ではありません。箱根湯本の標高約110メートルから大涌谷の1,000メートル近くまで駆け上がる「山」であり、標高が変われば同じ日でもカレンダーの読み方が変わります。この標高差と客足の回復を頭のなかで重ねると、答えは「〇月」という月名より一段くっきりしてくるはず。問いは「いつ来るか」だけでなく、「来たとき、山のどこにいるか」なんです。
箱根の秋は、ある日付にやって来るのではありません。色づきはまず、高いところから始まります。大涌谷と仙石原が10月下旬から11月中旬に見頃を迎え、そこから芦ノ湖や強羅へ11月中旬にかけて降り、最後にふもとの箱根湯本へ11月下旬から12月上旬に届く。理由は単純な物理で、標高が100メートル上がるごとに気温はおよそ0.6℃下がるんです。おかげで、ほかではなかなか手に入らない「計画のレバー」が握れます。3〜4週間の幅のなかで、山のどこかしらは必ず見頃。あとは行く日に、ちょうどいい標高まで色を追いかければいいだけですよ。
データを覗くと、見え方が少し変わります。2023年、箱根を訪れた人の約79.8%が日帰り客でした。1,951万人のうち、およそ1,557万人。泊まったのは約20.2%にすぎません。この偏りこそ、旅のタイミングを決めるうえで一番役に立つ事実だと思います。人波は毎日、昼前に満ちて夕方に引いていく、潮のようなもの。だから本当に効くレバーは月ではなく、ロープウェイと遊覧船で日帰りの波に先回りすることなんです。
新宿からは小田急ロマンスカー(特急)が、箱根湯本まで約80分の直通。全席指定です。この「一つの座席」は、所要時間そのものより意味が大きいんです。乗り換えの段取りに気をもむことなく、確実に快適な列車で着ける——それがそのまま、日帰りの波より先に着くための切符になります。箱根フリーパスは新宿から2日間で¥7,100。地元の電車もバスもロープウェイも芦ノ湖の遊覧船もカバーし、ロマンスカーの指定席は片道でおよそ¥1,150〜1,200が乗ります。
定番の周遊は、登山鉄道で強羅まで上がり、ケーブルカーとロープウェイで大涌谷を越え、芦ノ湖クルーズで戻る道。秋の定石は、とにかくまず高いところへ。大涌谷を越えるロープウェイこそ、早い色づきと富士山の眺めが待っている場所です。そこから、山裾の紅葉と午後の人波がちょうど同時に届くころ、湯本方面へゆっくり降りていく。開場と同時に上を目指すのは、いちばん安上がりな混雑かわしで、その料金はフリーパスがもう払ってくれています。あとは晴れた日を選ぶだけ、と考えてみてはいかがでしょう。
箱根の正直な一皿といえば蕎麦、それもここのは少し変わっています。箱根湯本駅のそばに立つ「はつ花そば本店」は1934年創業の名店。せいろそばを水ではなく自然薯と卵で練り上げ、箸で持ち上げるとぷつりと切れない、密度のあるのど越しに仕上げます。香りにこだわる人は、手打ちで名高いミシュランの「竹やぶ 箱根」まで足を延ばすそう。列車の合間の軽い一杯なら、駅から約5分の「湯葉丼 直吉」が、箱根の湧き水を軸に湯葉丼を組み立てていますよ。
そして次の二軒は、じつは季節の目印が姿を変えたもの。大涌谷の「黒たまご館」が売るのは、谷の名物・黒たまごです。硫黄の温泉で殻が真っ黒になるまで茹でた卵で、4個で約¥500。地元では一つ食べるごとに寿命が七年延びる、と言い伝えられています。もう一軒、湯本と芦ノ湖のあいだの旧東海道沿いには、築300年の茅葺き屋根の「甘酒茶屋」。13代続く山本家が営み、温かい甘酒と力餅をふるまってくれます。歩く途中の熱い甘酒が、ただの目新しさではなく「そのために来る一杯」に変わる寒い季節——この店がいちばん輝くのは、まさにそのころですよ。
6月は、箱根登山鉄道のもの。日本最古の山岳鉄道で、三つのスイッチバックを切り返しながら湯本から強羅へ登ります。数週間だけ、あじさいが線路の両脇を彩り、夜間運行の灯りがそれを浮かび上がらせる。秋は、もっと高いところのもの。大涌谷の噴気を越えるロープウェイは、晴れた日に富士山を望み、まさに早い色づきの帯の上を進みます。そして冬は、静かな水面のもの。芦ノ湖に立つ箱根神社の朱塗り「平和の鳥居」は757年創建、夏の霞が消えて遊覧船が半分空くころ、いちばん美しく撮れますよ。
雨や寒い日には、屋内の切り札が効きます。しかもほとんど天候を選びません。「彫刻の森美術館」は1969年、日本初の野外美術館として開館しました。7万平方メートルの芝に、ロダンやムーア、ミロら120点以上が点在します。300点を超えるピカソ館まであって、料金は大人¥2,000。ここでは雨など、ほとんど気になりません。「箱根ガラスの森美術館」も同じで、屋外のクリスタルは日差しを欲しがるものの、館内はそんな心配とは無縁。美術館の人混みから抜けて静かな一時間がほしいなら、旧東海道の杉並木が、芦ノ湖畔に復元された箱根関所へと導いてくれます。行列に並ぶのではなく、歩いて通り抜ける歴史というのも、いいものですよ。
ここで、箱根のベストシーズンについて、ちょっと天邪鬼な読み方を一つ。箱根が「混みすぎ」に感じる理由、つまり訪れる人のおよそ五人に四人が日帰りで、同じ昼どきに同じ周遊ルートへ押し寄せること。これがじつは、オフピークの枠をとんでもなく価値あるものにしています。ほとんど誰も、そこを取り合わないからです。富士箱根伊豆国立公園は2024年、海外の旅行者に最も多く訪れられた日本の国立公園でした。その数、390万人。ただし需要は一定ではなく、昼前からロープウェイと遊覧船にたまり、早い時間・寒い季節・高い標高では、すっと薄くなります。
ここはまだ仮説ですが、筋は通っているはず。人波がこれほど読めるなら、選ぶ季節は最初の一手にすぎません。本当のチケットは、標高と時間帯のほうです。景色のために秋や6月を選べるなら、迷わず選べばいい。そのうえで、最初のロマンスカー指定席と平日を押さえ、開場と同時に上を目指す。そして日帰りの波が決して差し出してくれない「過小評価された答え」として、晴れた冬の朝を、頭の片隅にそっと置いておいてはいかがでしょう。
看板は秋。ただし紅葉は、標高順に山を降りてきます。大涌谷は10月下旬から、芦ノ湖は11月中旬、箱根湯本は11月下旬から12月上旬が見頃。だから3〜4週間の幅のどこかで、必ず見頃の色に出会えます。冬の朝は富士山が最も澄み、6月中旬には登山鉄道沿いのあじさいも加わりますよ。どれを選ぶにせよ、月そのものより、平日と早い出発のほうがずっと効くはずです。
最も確実なのは、晩秋から冬にかけての晴れた朝。大涌谷を越えるロープウェイと、芦ノ湖の遊覧船が絶好の展望台です。夏の霞や午後の雲は山頂を隠しがちなので、暖かい季節でも、一日のいちばん早い時間帯をねらいましょう。
冬の平日の朝です。空気が最も澄んで、人は最も少ない。箱根を訪れる人の約79.8%が日帰り客なので、人波は昼前からロープウェイと遊覧船に押し寄せ、夕方には引いていきます。だから早めに着いて、周遊をまず上へ向かって回るだけで、どの季節でもはっきり違いが出るはずですよ。
定番の周遊なら、しっかり取れます。新宿から2日間で¥7,100。往復に加えて地元の電車・バス・ロープウェイ・芦ノ湖の遊覧船までカバーするので、二区間も乗ればすぐ元が取れます。人波に先回りする一手、ロマンスカーの指定席がほしいなら、片道およそ¥1,150〜1,200を上乗せして見込んでおくと安心ですよ。