
週末に、混みすぎない海がひとつ欲しくなる日があります。新宿から片瀬江ノ島まで、小田急ロマンスカーの直通で約65分、運賃は特急料金を足して片道おおよそ¥1,400。橋を渡れば潮の匂いがふわりと迫って、島はもう目の前。ただ、一日を本当に左右するのは電車ではなく、どの運賃をタップし何月に来るか――この二つなんです。
江ノ島は小さい。それでいて、みんなが行きたい島です。島を抱える藤沢市は2019年に約1,929万人を集めました。市自身が「江ノ島の通年イベントの力が大きい」と振り返る過去最高の記録で、外国人だけでも80万人を超えたと見られています。コロナ禍でこの数字はいったん沈みましたが、戻りは早く、2022年度には年間約1,700万人。その後も上向きが続いています。半日で端から端まで歩ける広さだと思うと、なかなかの密度ですよね。
その波が「いつ」来るのかを見ると、輪郭がくっきりします。江ノ島の一年は、イベントで回っています。11月下旬から2月の冬のイルミネーション「湘南の宝石」、夏の海水浴、神社の祭礼。にぎわいは通年に薄く広がるのではなく、季節にぎゅっと凝縮するんです。だから「たった65分」から引き出す答えは「いつ行ってもいい」ではありません。電車が快適すぎるぶん、詰まる場所は線路には来ない。ピークの正午に弁財天へ向かう参道、イルミネーション開催日の土曜、シーキャンドルの待機列――本当の渋滞は、そこで起きています。
ここでの物差しは、快適さとコスト。とはいえ差は見た目ほど開きません。ロマンスカーが売っているのは、指定席と乗り換えゼロのひと続きの座り心地。かたや小田急の普通はその半額以下で、代わりに藤沢での乗り換えと20分ほどの追加を引き受けます。荷物が軽い平日の空いた日なら、普通電車が正直いちばんお得。反対に、疲れた仲間とイルミネーション最盛期の夕方に向かうなら、指定席は特急料金ぶんをきちんと返してくれますよ。どちらでも降りるのは同じ片瀬江ノ島、橋まではひと息の距離です。
江ノ島は、フリーパスがちゃんと元を取れる珍しい場所です。カギは江ノ電。「江の島・鎌倉フリーパス」は新宿から約¥1,640で、小田急の往復に、江ノ電の乗り放題と藤沢周辺の小田急乗り放題が一日ぶんセットになっています。これを普通電車の単純往復、約¥1,300とならべると、差はたった約¥340。それだけで、江ノ電の乗り降りが一日中ぜんぶタダになるんです。
この差額は、海沿いの江ノ電に一度か二度ゆられた時点で溶けてなくなります。そして江ノ島を鎌倉とセットで歩くなら、まず間違いなくそうなるはず。正直な例外は、「江ノ島だけ」と決めている人です。ロマンスカーで片瀬江ノ島までまっすぐ下り、島を歩き、江ノ電には触れずに帰る。そんな一日なら、フリーパスは出番なし。ICカードをタップするほうが手軽ですよ。決め手は切符のロマンではなく、その日の行程。よくある「江ノ島+鎌倉」の一日なら、数字が推すのはフリーパスのほうです。
このルートで降りると、いきなり相模湾の名物のど真ん中に立たされます。だからアクセスと食は、地続きの物語。主役は「しらす」、この海の小さな白魚です。皿を組み立てる前に、ひとつカレンダーの約束ごとを。しらすの漁期はおおむね3月11日から12月31日、1月1日から3月10日は禁漁です。漁のある時期でも、しけのあとは生(なま)しらすが止まる日があります。一杯の目安はだいたい¥1,000〜¥1,800。看板は、弁財天仲見世通りの「とびっちょ」です。しらす問屋の直営で、つやつやの生と、ふっくら釜揚げのしらす丼が湯気を立てて運ばれてきます。鮮度は本物、そして行列も本物で、混む日には2時間近くまで伸びますよ。
静かな一軒も、すぐ近くにあります。「江の島はるみ」は、地元のしらすとサザエを卵でふんわりとじてご飯にのせた名物「江の島丼」。島の反対側、崖の上に立つ老舗「魚見亭」なら、相模湾を眼下に見下ろすテラス席で潮風ごと海の幸を味わえます。歩きながらつまむなら、参道の「あさひ本店」。タコをまるごと一匹プレスした「丸焼きたこせんべい」が、橋を上がってきた瞬間、通りいっぱいに香ばしい湯気を漂わせています。ひと味ずつ寄り道してみては。
みんながまず同じ参道を登るからこそ、いちばん報われる動きは「そのまま歩き続ける」ことです。島は、江島神社の社殿群を縫うように高くなっていきます。海・財・芸の女神、弁財天を祀る三つの宮があり、辺津宮には名高い江島弁天が安置されています。急な登りの最初の区間は、有料の屋外エスカレーター「エスカー」に乗れば約4分でひと登り。その先に開けるのが、イギリス人貿易商が1882年に開いた植物園「サムエル・コッキング苑」です。園を見下ろして立つのが、高さ59.8メートルの「江の島シーキャンドル」。個人所有の灯台としては日本最大とされ、晴れた日には富士山や大島まで見わたす展望デッキが待っています。
もう少し進むと、島はふっと静かになります。岩場の稚児ヶ淵の台地を抜ける海沿いの道は、島の南端「岩屋洞窟」へ続いています。崖の下の海蝕洞で、第一の洞窟には仏像と祠、第二の洞窟には伝説の龍。手にした蝋燭がゆらぐ灯りと、暗がりのすぐ横まで迫る水の気配に包まれます。冬に合わせれば、島の上は「湘南の宝石」のイルミネーションに変わります。開催はおよそ11月下旬から2月下旬、日本三大イルミネーションのひとつに数えられ、1月にはチューリップ畑も咲きそろいます。そして、たどり着き方そのものがごほうびになる。鎌倉高校前駅の先で海すれすれを走る江ノ電、『スラムダンク』で名高いあの踏切を抜けて島へ入る――それは、特急で一直線に下りず、あえて電車を選ぶ理由として十分すぎます。
最後に、ちょっと天邪鬼な読みを。江ノ島の経済は、イルミネーション、海水浴、祭礼といったイベントを軸に組まれています。だからこそ、アクセスがこれほど滑らかに感じられる。小田急線は、みんなが選ぶまさにその日に、日帰り客を島へどっと注ぎ込むように出来ているんです。ここはまだ仮説ですが、この見立てが言いたいのは、いちばん効く一手はロマンスカーでも普通でも、どのパスでもないということ。それは、カレンダーです。オフシーズンの平日の朝に来れば、同じ参道を歩き、同じしらすをすすり、岩屋洞窟の龍の間へほとんど独り占めでたどり着けます。80万人を超えるピークの群衆がめったに出会わない「もうひとつの江ノ島」に、同じ¥650の電車で会いにいけますよ。
新宿から小田急ロマンスカー(特急)に乗れば、片瀬江ノ島まで乗り換えなしの直通で約65分、特急料金込みで片道おおよそ¥1,400です。より安いのは小田急普通電車で、運賃¥650・藤沢で1回乗り換え。鎌倉からなら、江ノ電で約25分の絶景ルートでも行けます。
小田急普通電車なら片道¥650から、ロマンスカーなら特急料金込みで約¥1,400です。「江の島・鎌倉フリーパス」は新宿から約¥1,640で、往復に江ノ電乗り放題が付きます。江ノ電に一度か二度乗れば元が取れるので、江ノ島を鎌倉とセットで回るなら買う価値あり。江ノ島だけを直行で往復するなら、ICカードをタップするだけで十分です。
平日に、早めの時間に着くのがおすすめです。藤沢市は2019年に約1,929万人を集めましたが、その需要はイベントに集中しています。11月下旬から2月の冬のイルミネーション、夏の海水浴シーズン、そして祭礼です。オフシーズンの平日の朝なら、同じ島を、とびっちょやシーキャンドルの行列のほんの一部だけで楽しめます。
いいえ。しらすの漁期はおおむね3月11日から12月31日まで。1月1日から3月10日は禁漁です。漁期中でも、しけのあとは生(なま)しらすの提供が一日二日止まることがあります。生しらす目当てなら当日確認を。釜揚げの方が手に入りやすく、一杯はだいたい¥1,000〜¥1,800が目安です。