
遠くまで足を延ばす元気はないのに、ちゃんと旅した実感だけは欲しい週末ってありますよね。川越なら池袋から片道約30分、電車も食べ歩きも合わせて¥3,000ほどで一日が回ります。蔵造りの黒壁がつくる影に入ると、どこからかさつまいもを焼く甘い匂いが漂ってきます。歩いて20分で横断できる小さな旧市街に、2022年は約5,509,000人——年550万人規模が押し寄せる町とは思えない、静かな路地の朝があるんです。
この町の人出には、読める波が二つあります。ひとつは季節の波。10月の川越まつりは、ユネスコに登録された勇壮な山車行事です。第3土日のたった二日で、2023年は約561,000人を数えました。翌2024年はさらに膨らんで、730,000人超。夏場は氷川神社の縁むすび風鈴が、これにおよそ100,000人を上乗せします。結局、10月中旬と7〜9月という二つの季節が、一年の人出の大半を引き受けているというわけです。
もうひとつは、一日のなかの波。こちらも同じくらい素直に読めます。市はいま、一番街・氷川神社・喜多院・伊佐沼という主要四エリアで、スマートフォンのGPSデータをもとに来訪者の数を追っています。パターンは想像どおりで、蔵造りの街並みは午前遅くからじわじわ混み、午後遅くには潮が引くように静まっていく。そこで見えてくるのは、ボトルネックが「川越にたどり着けるか」ではないという事実です。みんなが撮るあの一番街の路地が、肩と肩の触れ合う混雑になる前に着けるか。勝負はそこにあります。
池袋からなら、東武東上線の快速急行が約27〜30分、片道およそ¥490で川越駅まで運んでくれます。この近さこそ、日帰り客がこれだけ偏って押し寄せる理由であり、裏を返せばこちらの武器でもある。早い電車に乗らない手はありません。往復でお得な東武の「川越ディスカウントパス」なら約¥710。新宿方面からは西武新宿線が本川越駅まで走っていて(特急で約57分、およそ¥520)、旧市街の北の端近くで降ろしてくれますよ。
データがそっと勧めてくるのは、遠い端からのんびり歩いて戻ってくる道順です。光がやわらかく路地の静かな早い時間に、まずは蔵造りの街並みと時の鐘へ。背後で人がふくらんでいくのに合わせて、菓子屋横丁や駅寄りのうなぎ屋へと下っていく。順路をあえて逆に歩く——これが、いちばん安あがりで確実な混雑よけです。試してみてはいかがでしょう。
川越のほんとうの看板は、さつまいもではありません。あれはあくまでおやつ。主役はうなぎです。炭火でこんがり焼き上げ、うな重で供される川魚——家族経営の何軒かは、江戸のころから200年近くこの味を守り続けてきました。どの一軒を選ぶかは、そのまま過ごし方の選択になります。1807年創業の「小川菊(おがきく)」は蔵造りの街並みのすぐそば、市内でも指折りの名店。引き戸を開けた先で炭火と甘辛いタレの匂いに包まれる、雰囲気で選ぶ一軒です。そのぶん行列も覚悟のうえで。本川越駅から徒歩約16分、大正期の町家に構える「うな昌」は、ご飯ごと竹のせいろでふっくら蒸す「せいろ蒸し」が名物。ゆっくり味わう一皿です。地元の評価が町でも上位の「林屋」なら、まず外さないランチになりますよ。
電車を降りてすぐ空腹に耐えられないなら、「うなぎの成瀬」川越店が川越駅から徒歩約3分。モダンな店内で味わう新鮮なうな重は、1時間も並ばずにこの町の名物にありつく賢い手です。がっつり座って食べるより食べ歩き派なら、さつまいも名物がほんとうに息づくのは菓子屋横丁の古い店々。ほくほくの「いも恋」、揚げたてのさつまいもチップス、さつまいもソフトクリーム。ランチとしてではなく、見どころのあいだの間食としてつまむのがちょうどいいはず。頬ばりながら次の路地へ、が正解ですよ。
蔵造りの通りは、文句なしの絵はがきの一枚です。でも川越でいちばん満たされる時間は、そこから半歩だけ外へ踏み出した先で待っています。市内で最も格の高い寺・喜多院。ここには江戸城から移された現存唯一の建物、三代将軍・徳川家光ゆかりの部屋が今も残ります。加えて、ひとつとして同じ顔のない540体の石の五百羅漢(釈迦の弟子たち)が、境内に静かに並ぶ。朝が静かなほど深く効いてくる場所で、一番街に比べれば着物姿もぐっとまばら。ひんやりした空気の底で羅漢の顔をひとつずつ覗いていくと、時間の流れがふっとゆるみますよ。
ここでも、ものを言うのは時間です。1893年の川越大火のあと、翌1894年に木造で建て直された時の鐘は、いまも時を告げ続けています。鐘が鳴るのは一日に四回、朝の6時にはじまり、正午、午後3時、そして夕暮れの18時。正午か午後3時の響きに狙いを合わせれば、ただの写真スポットが「耳で聴く」体験に変わります。低く長い音が蔵の壁に染みていくのを、立ち止まって浴びてみてください。夏なら、およそ1,500年の歴史をもつ氷川神社の出番です。縁むすびの祭りに合わせて、2,000個を超える色とりどりの江戸風鈴が「風鈴回廊」に吊るされます。見ごろは例年、6月下旬から7月初旬にはじまり、9月中旬あたりまで。風がひと吹きするたび、ガラスの音がいっせいに降ってくるトンネルです。埋まる前の早い時間が狙い目。多くの人は着物をレンタルして、時の鐘から蔵の街並み、菓子屋横丁までを巡ります。「小江戸」を丸ごと味わう楽しい方法ですね。ただ、混む週末はレンタルを事前に予約しておくと安心ですよ。
ここからは、ちょっと天邪鬼な見方です。川越を「混んでいる」と感じさせる、まさにあの集中、つまり550万人がわずかな路地に流れ込み、二つの季節に跳ね上がる偏りこそが、閑散の時間帯をとびきり贅沢にしています。それを奪い合う人が、ほとんどいないからです。需要は尖っていて、しかも読める。だからこそ、タイミングそのものが本当のチケットになるんです。
個人的には、川越は「午前の町」として付き合うのが正解だと思います。早い東武東上線に飛び乗って、バスと着物の波が着く前に蔵の街並みを逆順で歩く。ランチの行列ができる前にうなぎを腹におさめ、喜多院や菓子屋横丁は混む時間まで大事にとっておく。路地が人でいっぱいのときほど、静かな寺ひとつがそれに勝りますから。10月の祭りの週末だけは、祭りそのものが目当てでないかぎり、そっと外すのがおすすめです。まだ仮説の域は出ませんが、町に730,000人がいれば、それはもう別物の旅になってしまう。うまくタイミングが噛み合えば、午後の人混みがけっしてたどり着けない「小江戸」の顔に、会いにいけますよ。
旧市街だけなら、半日でしっかり回れます。蔵造りの街並み、時の鐘、菓子屋横丁を歩いて、うなぎのランチまで。ここに喜多院と540体の羅漢像、あるいは夏の氷川神社の風鈴まつりを足せば、ゆったり一日コースに広がります。電車は片道約30分ですから、思い立った短い滞在でもちゃんと成立しますよ。
あります。ただ、正直な注意点をひとつだけ。混む週末は、あの一本の蔵造り通りが、レンタル着物の撮影待ちの後ろで牛歩に感じられることがあります。でも平日の午前中に来て、順路を逆に歩けば、同じ通りがふしぎと穏やかに変わりますよ。喜多院にいたっては、ほとんどいつ訪れても静かなままです。
ねらい目は平日の午前中です。人出がいちばん重くなるのは二つの時期、10月中旬の川越まつり(2024年は730,000人超)と、7〜9月の風鈴シーズンです。どちらも文句なしに素晴らしいのですが、静けさが目当てなら、その週末は外すこと。そして午前遅くの日帰り客の波が押し寄せる前に着いてしまうのが、いちばんの近道ですよ。
ざっくり¥3,000ほどで、往復の電車(池袋から片道約¥490、または東武川越ディスカウントパスで¥710)、さつまいものおやつ何個か、寺の拝観料までまかなえます。うな重のランチを腰を据えて味わったり、着物レンタルを足したりするなら、そこにもう少しだけ予算を見ておくと安心です。