
近いのに、ちゃんと遠くへ来た気がする町があります。池袋から東武東上線の快速急行で27〜30分、片道490円。蔵造りの黒い壁がつづく通りに立てば、さつまいもを蒸す甘い湯気がふわりと漂ってきます。驚くのはその先で、この徒歩15分で歩ける一角に、2022年だけで約5,509,000人(うち海外から約99,000人)が降り立ちました。
だから本当の問いは「川越に行けるかどうか」ではありません。「正しい曜日と時刻にたどり着けるかどうか」です。誰もいない朝9時の蔵造りの通りと、人であふれる正午の同じ通り――ここで分かれるのは、まるで別物の二つの旅なんです。
データを開くと、見方が少し変わります。効いてくるパターンは二つ。ひとつめは季節の偏りです。人出は一年に均等にならされず、二つの行事にどっと集中します。10月の川越まつり(10月第3土・日に開かれるユネスコ登録の山車祭り)は、2023年に約561,000人、2024年には730,000人超を集めました。夏の氷川神社「縁むすび風鈴」は、7月初旬から9月中旬にかけて、毎年およそ100,000人を上乗せします。どちらの週末も壮観そのもの。そして、半日をのんびり歩くには、いちばん向かない日でもあるんです。
ふたつめは「戻り」です。コロナ禍の落ち込みは急で、公式の数字では2021年が約392万人、コロナ前のおよそ半分まで沈みました。そこから550万人超へ帰ってきたのだから、人出はすっかり元通り。市はいま、四つの主要エリア(一番街・氷川神社・喜多院・伊佐沼)をスマートフォンのGPSデータで追いかけています。数字を眺めていると、景色が反転します。ここでの上機嫌な一日を左右するのは、電車ではなくカレンダーと時計のほう。ごく普通の平日、その朝いちばんの時間こそ、川越でいちばん見過ごされた資産で、しかも追加料金はかかりません。
池袋からは東武東上線の快速急行で川越駅までおよそ27〜30分、片道490円。二度乗るなら東武の「川越割引きっぷ」が往復710円をまかない、帰りの券売機に並ぶ手間も省けます。もうひとつは西武新宿線という手で、本川越駅まで(特急で約57分、約520円)。こちらは時間こそかかるものの、歩けば蔵造りエリアにわずかに近いんです。
データが指し示すルートは、拍子抜けするほど単純です。まだ静かなうちに蔵造りの通りと時の鐘へ向かい、一日が混みはじめる頃に菓子屋横丁と神社へ流れていく。歴史ある中心部を朝に、甘い香りの路地を午後に。これが、使えるなかでいちばん安上がりな混雑のかわし方です。時間を読み切った人には、ご褒美がひとつ待っています。1893年の川越大火のあと1894年に建て直された木造の鐘楼は、今も一日4回(6:00・正午・15:00・18:00)鳴ります。午前遅めに着けば、まだ人で埋まりきらない通りに、正午の鐘の音が降ってくるのを聴けますよ。
川越の正直な看板は、誰もが撮るさつまいもではなく、じつはうなぎです。淡水のうなぎを炭火でじっくり焼き上げ、香ばしい煙ごとうな重にしてご飯へのせる。家族経営の老舗の幾つかが、これをおよそ二世紀ものあいだ続けてきました。その最古参が、蔵造りエリアの真ん中に構えています。1807年創業の「うなぎ 小川菊」は蔵造りの通りのそばにあり、市内でも指折りの名店。屋台のつまみ食いではなく、一皿を土地の歴史と結び直してくれる昼食です。
電車を降りてすぐ食べたい日には、「うなぎ 鰻 ナルセ(うなぎの成瀬)」が駅から約3分の川越店で待っています。市内屈指のうな重として広く親しまれているのが「林屋」。「うな庄」(本川越駅からおよそ16分、大正期の町家です)は、うなぎとご飯を竹のせいろで蒸す「せいろ蒸し」が看板です。四軒に流れるのは同じ図式。主役はあくまでうなぎ、店内は飾り気なし。さつまいもの名声のほうは、いも恋、揚げたてのさつまいもチップス、さつまいもソフトといった菓子屋横丁の食べ歩きとして、鐘楼と神社のあいだをつまみ歩くのに向いています。腰を据えて味わう一皿ではなく、歩きながらの楽しみと思っておくのがよさそうです。
蔵造りの路地は、誰がカメラを向けても同じように写ります。川越の本当の見どころは、一番街をほんの一歩それた先。喜多院は市内でいちばん重要な寺であり、いちばん静かに特別な場所でもあります。江戸城から現存する唯一の建物、三代将軍・徳川家光ゆかりの間を、今に伝えているからです。540体の五百羅漢(一体ずつ彫られた釈迦の弟子たちの石像)は、平均的な2時間コースには出てこないけれど、できれば足を運びたい一角。顔はどれもひとつずつ違い、甘い路地から離れたこのあたりでは、人の気配がすっと引いていきます。
氷川神社(およそ1,500年の歴史を持つ縁結びの神社)が夏の評判をさらうのは、「縁むすび風鈴」のおかげです。7月初旬から9月にかけて、2,000を超える江戸風の硝子風鈴が「風鈴回廊」を彩ります。実際に歩いてみると、ここが足すのは「音」だと分かります。暑さのなかで硝子がちりちりと鳴り、揺れる回廊は、蔵造りの通りとはまるで別の感覚の世界。メインの路地が疲れてくる夕方遅くに、いちばん美しく撮れます。多くの人はレンタル着物で、鐘楼・菓子屋横丁・蔵の建物をひとつのゆっくりした周回に結んでいきます。徒歩で「小江戸」を読み解くのに、これ以上ないほど没入できるやり方ですよ。
ここからは、少し逆張りの読みです。川越が「売られすぎ」に見えてしまう理由、つまり500万人超がひとつのコンパクトな中心部へ流れ込むことは、そのままオフピークの時間を異様なほど価値あるものにしている理由でもあります。人出は「絶え間なく続く」のではなく、「一か所に固まる」から。市の集めるGPSデータも、それを裏づけます。人の流れは一番街と氷川神社にたまり、しかも時間帯まで決まっていて、おおむね午前遅めから午後半ばまで、そして圧倒的に週末と祭りの日に集中します。
ここはまだ仮説ですが、筋道は澄んでいます。需要がこれほど尖り、これほど読みやすいなら、本当の切符は「行く時刻」のほうです。10月の祭りと風鈴の週末は、その壮観こそが目当てでないかぎり、思いきって外す。平日の早い電車に乗る。正午前に蔵造りの通りと喜多院を歩いておく。菓子屋横丁と神社は、混みあう午後まで取っておく――人混みで食べ歩くより、空いた路地を撮るほうが効いてくる時間だからです。そうすれば、ちゃんとした東京からの川越日帰りになり、午後の観光バスが決して届かない小江戸を、自分の目で確かめたことになりますよ。
半日あれば十分です。電車は池袋から片道約30分、蔵造りの通り・時の鐘・菓子屋横丁・氷川神社といった歴史ある中心部は、午前中でぐるりと歩けます。喜多院と540体の羅漢像、あるいはうなぎの昼食を足せば、ゆったりした丸一日になりますよ。
あります。ひとつだけ正直に言うと、川越は年間500万〜700万人を小さな歴史ある中心部に集めるので、週末や祭りの正午は、のろのろ進む行列のなかにいる気分になることも。それでも平日の午前中に来て蔵造りの通りを先に歩けば、同じ「小江戸」の道が、驚くほど穏やかに感じられますよ。
平日の午前中です。そして、二つの大きなピークだけは外すこと。10月の川越まつり(第3週末、2024年は730,000人超)と、氷川神社の7〜9月の風鈴シーズンです。どちらも素晴らしいけれど、のんびりとは正反対の混みようですから。
おおよそ¥2,000〜¥2,500あれば、往復の電車(片道約¥490、または東武川越割引きっぷで¥710)と菓子屋の食べ歩きがまかなえます。地元名物のうなぎの昼食は決して安くないので、着物レンタルとあわせて、もう少し予算を見ておくと安心です。