予定を決めすぎたくない日に、それでもちゃんと旅した気分になれる街があります。三島は東京駅からおよそ45〜55分、片道約¥6,000。鎌倉や箱根とほぼ同じ時間とお金で行けて、改札を出た瞬間から富士の雪解け水があちこちで澄んだ音を立てているのに、人出はそのほんの一部にとどまります。だから「三島で何をするか」の答えは、スカイウォークも湧水の川も古社もうなぎも、たったひとつの気まぐれな変数、富士山が顔を出すかどうかを軸にどう組み立てるかで決まってきます。
街の看板役は、やっぱり三島スカイウォーク。谷底から70メートル、風がすっと通る空中に、全長400メートルの床が延びていきます。日本最長の歩行者専用つり橋で、開業は2015年12月。踏み出せば板の下に緑が透けて、足裏がひやりとするはず。2024年初頭までに来場者は700万人を超えました。この規模の街の単独施設としては桁違いで、地域の観光がこの一点にどれだけ寄りかかっているかが伝わってきます。入場料は大人¥1,000、子ども¥500です。
写真が決して映さないのは、ここから先。この橋の値打ちは、正面にそびえる富士山(標高3,776m)と眼下の駿河湾を丸ごと見渡す眺めにあって、その絶景はれっきとした季節もの。空気が乾いて富士がいちばん冴えるのは11月から3月で、夏や梅雨どきは霞が山をふわりと覆ってしまいます。つまり¥1,000のチケットはどの季節でも立派な橋を渡らせてくれますが、本当に会いに来た景色が報われるのは冬から端境期。灰色の空がのっぺり広がる7月に訪ねるなら、スカイウォークは「行けたら」くらいに構えて、一日の重心は水辺と神社に預けてみては。
移動は東海道新幹線でまっすぐ三島駅へ。こだまは各駅停車、タイミングが合えばひかりが速い。あとは地理の都合で、一日は自然とふたつのまとまりに分かれます。三嶋大社と源兵衛川の飛び石歩きはどちらも駅から歩いて行けて、かかるのは靴底のすり減りくらい。例外がスカイウォークで、街なかからバスで約20分ほど離れています。
この一本のバス移動こそ、計画の蝶番です。よく晴れた冬の朝なら、まだ空気が澄んで富士に雲がかからないうちに、まずスカイウォークへ。戻ってきたら、暖かい午後をまるごと川と神社の徒歩さんぽにあてます。霞んだ日や雨の日は、バスを思いきって省くのが正解。街なかのまとまりだけでも半日には十分で、見えない山に¥1,000を賭ける必要もありません。
三島の食は、源兵衛川を潤すのと同じ富士山の雪解け水につながっていて、それが最もはっきり皿に出るのがうなぎです。この街の鰻は、焼く前に湧水にさらして身を締め、備長炭でじっくり炙る。香ばしい煙とタレの匂いに包まれながら待つ定食は、おおむね¥2,500〜4,000の帯。いちばん名の知れた「うなぎ桜家」は三島広小路駅の近くで、たいてい伸びる行列に並ぶ値打ちのある一軒です。新幹線を降りて寄り道なしに鰻へ直行したいなら「うなぎ処 ばんだい」が南口から1分ほど。「すみの坊」は三嶋大社の目の前に支店があって、参拝と昼食をひとまとめにしたい日に便利、素朴な白焼きから肝串まで揃います。老舗「うなぎ うな繁」まで足を延ばせば、鰻のスープや陶板焼きにも踏み込めますよ。
¥3,500の腰を据えた昼という気分でない日は、地元ならではの保険が三島コロッケ。箱根西麓で育つ地場の「メークイン」だけで作るコロッケで、外はさくっ、中はほんのり甘い。街なかの売店で、驚くほど安く手に入ります。うなぎに対する「歩きながら」の一品でありながら、街のいちばん安いおやつが同時に市民の誇りでもある。その事実が、この土地の気っぷを少しだけ教えてくれる気がします。
三島が「水の都」と呼ばれる静かな理由を、いちばん肌で感じられるのが源兵衛川です。楽寿園の源流から中郷まで、市街地をおよそ1.5kmくだる湧水の流れ。街の真ん中を走る清流に置かれた飛び石を渡ると、足元の水は小石の数まで数えられるほど透きとおっています。富士が隠れてしまうその同じ夏の月にこそ、涼やかで平坦なこのひとときがいちばんありがたい。源流の楽寿園は、面積75,000平方メートルにおよぶ1890年の小松宮旧別邸庭園。その池は、1万年前の溶岩流の上に生まれたものです。菊まつりはおおむね10月下旬から11月下旬まで開かれ、夜はライトアップも楽しめますよ。
三嶋大社は、たいていの神社よりもタイミングがものを言います。樹齢1,200年の金木犀(1993年に国の天然記念物に指定されたキンモクセイ)は9月に二度咲き、境内じゅうを甘い香りで満たすので、9月の上旬から中旬は通好みの狙い目。3月下旬から4月上旬になれば、それが参道や池畔を彩る桜へと入れ替わります。橋を渡るだけでは物足りないという人には、スカイウォークが高さ70メートル、富士山を視界に収めた全長300メートルのジップスライドを走らせています。デッキから滑り手の様子を眺めて、自分も挑むかどうかをそこで決めてみては。
ここからは、あくまで一つの見立てです。700万人を集める三島スカイウォークは、この街の観光を、チケットの要る、バスで離れた一点へと静かに束ねてきました。その裏で、無料で街なかにある宝、つまり川、神社、溶岩流の庭園は、混み合う日でもわりと穏やかなまま残っています。旅する側にとっては、この偏りがそのまま狙い目。よく晴れた冬の平日に着いて、スカイウォークを早めに片づけてしまえば、残りの一日は、東京からたった50分の場所にある、本当に空いた歴史の街まるごと自分のものです。三島でいちばん時間を割く値打ちのある場所は、看板施設がみんなを素通りさせてきた、まさにその場所なんです。
街なかのまとまり(三嶋大社、源兵衛川の飛び石歩き、楽寿園)なら半日でぐるりと巡れます。どれも駅から歩いて行ける距離。スカイウォークと往復約20分のバスを足せば、ゆったりした一日コースになりますよ。同じ路線でつながる箱根や伊豆の旅に組み込む人も少なくありません。
11月から3月のよく晴れた日なら、迷わずイエス。富士山と駿河湾を正面から望む眺めがすべてで、¥1,000のチケットはしっかり値打ちを返してくれます。夏や梅雨どきは霞が富士を隠しがちなので、当日の朝に予報をのぞいて、曇りなら川と神社へ切り替える心づもりを。
富士山の眺めを狙うなら、11月から3月の乾いて澄んだ朝、雲が出る前の早い時間が正解。三嶋大社の樹齢1,200年の金木犀なら9月の上旬から中旬、桜なら3月下旬から4月上旬。夏は、涼やかな湧水の源兵衛川さんぽにあてるのがいちばんです。
東京から新幹線で片道おおよそ¥6,000。スカイウォークの入場料が¥1,000で、うなぎ定食は約¥2,500〜4,000ほど。街なかの売店で買う三島コロッケは、その日の予算をほかに回したいときの安い味方です。