遠くへ行った気分になりたいのに、まる一日は空けられない週末にちょうどいいのが、東京から新幹線で45〜55分、乗り換えなしの三島です。改札を抜けると、富士の雪解け水をふくんだ空気がひんやり頬をなでます。これだけ近いのに、片道はおよそ6,000円。この一枚の切符をどう受け止めるかで、一日の中身はまるごと変わってきます。
こだまも、少し速いひかりも三島に停まり、どちらに乗っても1時間かからずにホームへ降りられます。ひかりのほうがわずかに速く、こだまは停車駅が多いぶん、安い座席をおさえやすい。覚えておきたい現実的な数字は、片道およそ6,000円。二人なら往復でざっと24,000円が、うなぎを一口食べる前に電車代として消えていきます。得られるものを思えば高くはないけれど、この金額は一日の使い方を確実に変えるはず。ここまで来ると、乗り換えを挟んで約2時間の在来線ルートは、もう「節約の裏ワザ」ではなく、お金と時間を天秤にかける本気の選択になります。
数字を並べると、少し見え方が変わります。ただ一枚の眺めを見るためだけに、開業以来700万人を超える人がこの町へ通ってきました。三島スカイウォークが開いたのは2015年12月、全長400メートルの吊り橋がたった一つの景色でこれだけの人を呼ぶのは、なかなか驚くべきこと。そしてその人波を運んでいるのが、ほかでもないこの新幹線です。三島はいってみれば、一枚のパノラマを売る駅。着いた朝にその富士が見えるかどうかに、一日はまるごとかかっています。
この路線をうまく安く乗り継げる他の区間と違って、三島までの在来線は本気の覚悟が要ります。片道2時間は、日の短い冬ならその日差しの大半を食べつくしてしまう。だから新幹線が正直なところの標準です。大事なのはどの電車かより、どの朝に行くか。スカイウォークの値打ちはほとんど富士山と駿河湾の眺めにあって、その景色がいちばん澄むのは空気の乾く11月から3月。同じ6,000円の切符でも、12月の平日と、もやのかかった7月の土曜では、中身はまるで別の旅になります。
三島の食は、この町に「水の都」の別名を授けた富士山の雪解け水の上に成り立っていて、看板はやっぱりうなぎ。店は活きたうなぎを富士の湧き水で数日じっくり泳がせ、身を締めてから備長炭でこんがり焼き上げます。引き戸の向こうから香ばしい煙がふわりと漂ってくる。この一手間こそ、人がわざわざ足をのばす理由そのもの。なかでも名高い三島広小路近くの「桜家(うなぎ桜家)」は、いつも行列。「うなぎ 割烹 万里(うなぎの万里)」は三島駅南口から一分ほどで、時間の限られた新幹線日帰り客には現実的な一軒です。三島大社のそばで味わうなら、目の前で注文を受けてから焼き上げる「すみの坊」。定番のうな重にとどまらず、うなぎのお吸い物や石焼き、他店では省かれがちな部位まで攻めたいなら、行き先は「うなよし」ですよ。
座って味わううなぎのセットは、だいたい2,500〜4,000円。新幹線代の上にこれが乗ってくる、そこが三島日帰りの本当のコストです。積み上がりすぎたなと感じたら、町の安い対抗馬が「三島コロッケ」。地元産の「メークイン」を100%使ったコロッケで、外はサクッ、中はほんのり甘い。市内あちこちの店先で、コーヒー一杯ほどの値段で湯気を立てています。フルのうなぎランチより、歩きながら一つ頬張るほうが、午後の過ごし方にはよほど似合うかもしれませんよ。
スカイウォークの宣伝がそっと伏せている、計画のコツがあります。三島には、富士山がどうしても顔を出さない日でも揺るがない一日が用意されているんです。源兵衛川は湧き水に育まれた、小石まで数えられそうなほど澄んだ川。町の中心では、流れの中に据えられた飛び石の上を渡れます。足裏に伝わるひんやりとした数分間は、お金もかからず、空模様にも左右されない。この川の源は、10,000年前の溶岩流の上に広がる楽寿園。75,000平方メートルの旧別邸庭園から、約1.5キロメートルにわたって町を流れていきます。1890年に造られたこの庭園は、それだけで30分をしっかり使わせる本格派ですよ。
三島大社は、季節の見どころを添えてくれます。国の天然記念物、樹齢1,200年のキンモクセイは9月に二度花をひらき、境内いっぱいに甘い香りを漂わせる。桜の木々は3月下旬から4月上旬、ここを静かな花見の場に変えてくれます。そしてスカイウォークそのもの。全長400メートル・高さ70メートルという日本最長の歩行者用吊り橋です。地上を走る全長300メートルのジップスライドまであって、スピードごと富士を浴びたい人にはたまりません。入場料は大人およそ1,000円。よく晴れた冬の朝には、橋が富士山と駿河湾をひとつの画に収めてくれます。けれど7月の午後に収まるのは、雲ばかり。だからこそ、川と神社がじわりと効いてくるんです。
あえて逆から読むなら、三島は「電車」ではなく「天気」を予約する人に報いてくれる町です。スカイウォークが売っているのは一枚のパノラマ。その眺めが当てになるのは、空気の乾いた11月から3月の窓だけ。だから賢いのは、日程をゆるく空けておいて、澄んだ寒い朝を狙って出かけること。何週間も前から、もやの7月の土曜を決め打ちしないことです。空気がいちばん鋭くて、バスも橋もまだ静かなうちに、まずスカイウォークへ。そして町がにぎわいはじめる頃に下りてきて、うなぎと川沿いの散歩へ向かってみては。
実際に歩いてみて気づくのは、6,000円という運賃が、そっと人出を律しているということ。三島を軽い思いつきの行き先にしにくくして、到着を昼近くへ寄せている。つまり早いこだまに乗ってしまえば、あの橋をほぼ独り占めできるんです。東京から三島への本当に賢いルートは、別の電車のことではありません。同じ電車を、正しい日に、早く。答えはそれだけです。
東京駅から東海道新幹線(こだま・ひかり)で約45〜55分、乗り換えなしです。JR東海道線の在来線はぐっと安いかわりに、乗り換えを含めておよそ2時間かかります。
日帰りなら、たいていは「あり」です。速い新幹線は片道6,000円前後かかりますが、約2時間の在来線の旅を1時間未満に縮めてくれます。日の短い時期には、その浮いた時間こそが、スカイウォークもうなぎも川沿い散策も一日に収めてくれるんです。フリーパスがある、あるいはあえてゆっくりした朝を過ごしたいなら在来線でも成り立ちますよ。ただし、意識してそちらを選ぶこと。
ねらい目は11月から3月です。スカイウォークの魅力はまるごと富士山と駿河湾のパノラマにあって、空気がいちばん乾いて澄むのがこの時期。夏や梅雨どきは、もやの向こうに富士が隠れてしまうこともよくあります。特定の夏の日に固定してしまうより、澄んだ寒い朝を選ぶのがおすすめです。
三島駅から東海バスに乗って約20分です。歩ける距離ではないので、バスの時刻を軸に一日を組み立ててみてください。入場料は大人でおよそ1,000円。シニアや子ども向けの割引もありますよ。