
予定を詰め込みたくない休日ほど、電車に少しだけ揺られて盆地の町へ行きたくなります。池袋から西武ラビューで約77分、片道は特急込みで約¥1,500、天井まで届く大窓に山の緑が流れ込む直通です。ただ、秩父でいちばん効くのは地図よりカレンダーで、羊山公園の芝桜がそろうのは4月中旬からの3週間ほどしかありません。日付さえ合えば、ここは東京近郊で忘れがたい一日になりますよ。
まずは羊山公園の芝桜の丘。関東最大級とうたわれる斜面がピンクに染まり、約17,600平方メートルを約40万株が埋め尽くします。ただし見頃は、4月中旬から5月上旬という短い窓だけ。次に秩父夜祭。2016年12月、ユネスコ無形文化遺産に登録されました。日本三大曳山祭のひとつです。6基の屋台と笠鉾が団子坂を軋ませながら曳き上げられ、冷えた谷あいに約4,800発の花火が炸裂します。
この偏りは、じつは弱点でもあり贈り物でもあります。狙いを一点に絞れるぶん、旅の計画がぐっと楽になるからです。ピークを外した時期は、もっと穏やかな顔ぶれが町を支えます。年間およそ200万人が訪れ、川下りだけで約20万人を集める長瀞、山上の三峯神社、そして古い酒蔵が並ぶ通り。祭りの熱狂も、平日の静けさも、どちらかだけが本物というわけではありません。ただ味わいが違うだけ。行く前に、自分がどちらを選んだのかだけ、心に留めておいてください。
池袋から西武池袋線の特急ラビューに乗れば、西武秩父まで約77〜80分の直通です。運賃は基本の約¥790に、特急料金¥710が加わります。片道でおよそ¥1,500、乗り換えは一度もありません。この「一本で着く」が、じつは効きます。座席指定の便なら接続に気を揉まず、最初の一本で腰を落ち着けて出発できますよ。天井まで回り込む大きな窓に山越えの景色が流れ込み、移動の時間がそのまま旅のはじまりに変わります。
長瀞を中心に回る一日なら、「西武 1 Day パス+長瀞」(外国パスポート所持者で約¥1,500)が西武線と秩父鉄道の両方をカバーしてくれます。ただしラビューの特急料金は対象外なので、特急にはやはり追加が必要。正直なところ、行きは快適さと車窓のためにラビューの座席を取り、西武秩父・秩父駅・長瀞のゆるい移動はパスに任せる——これが現実的だと思います。
秩父の名物といえば、わらじカツ丼。叩いて薄く伸ばした豚カツを、わらじの形に揚げた2枚が、丼のふちからはみ出します。秩父駅から歩いて約10分の安田屋は、この地元版の発祥として広く知られる一軒。山を上がった三峯神社の近くには創業140年の大島屋があり、同じわらじカツ丼を、晴れた日はテラス席で頬張れます。手打ちのくるみそばもそろうので、川より神社の方へ足を伸ばす日のお昼にちょうどいいですよ。
駅の近くのもう一つの定番が、豚みそ丼。徒歩3分の豚みそ丼本舗 野さかでは、自家製のみそだれに漬けた豚肉を炭火で焼き、香ばしい煙ごとご飯にのせてくれます。もっと静かで年季の入った一皿を探すなら、約12分の和平そば。自家製麺に濃厚なくるみダレをからめたくるみそばは、観光向けの演出ではなく、正真正銘の秩父の味です。四軒に共通するのは、働く町ならではの盛りのよさ。カメラのためではなく、歩いた人と働いた人のお腹を満たすために作られています。
芝桜の丘は絵はがきの定番で、満開のときはたしかにその名に恥じません。西武秩父駅から徒歩20分、ピンク・白・ラベンダーが一面に溶け合います。ただ、シーズンを外しても残るのは「動く」体験のほう。SLパレオエクスプレスは80年の歴史をもつ蒸気機関車で、秩父鉄道を熊谷から三峰口まで走ります。56.8kmを約160分、石炭の煙と荒川の水音が窓の外を流れ続けますよ。運行の多くは週末で、予約制です。長瀞では、伝統の木造船が岩畳の平らな岩棚をかすめて渓谷を下ります。約3km・20分ほどのコース。運航は3月上旬から12月上旬までです。
一日の静かな後半には、三峯神社がよく似合います。標高1,102メートル、霧に包まれることも多く、樹齢800年の木立が参道を守ります。狼を守り神とする珍しい社で、ここでしか授かれない狼のお守りもありますよ。地質に惹かれるなら、橋立鍾乳洞へ。秩父札所の28番でもあり、深さ140メートルの石灰岩の道に、鍾乳石と石柱が連なります。どれも並んで一枚撮って終わり、という場所ではありません。1時間と少しの辛抱を求めるぶん、日帰り客の波を芝桜の丘よりずっと上手にやり過ごせます。
実際に歩いていると気づきますが、SLと川下りは、芝桜が生む問題をうまく解いています。一つの混んだ斜面に一日を集中させるのではなく、一日を横に広げてくれるのです。
ここからは、少し天邪鬼な見方です。秩父を「年に一、二日の町」のように見せているもの、つまり数えるほどのカレンダーのピークへの偏りは、じつは残りの一年をそっとお買い得にしている理由でもあります。だって、その時期をわざわざ奪い合う人が、ほとんどいないのですから。夜祭はたった二夜で、20万人超を盆地へ押し込みます。芝桜は四月の三週間に、人波をぎゅっと凝縮します。その日付は壮観で、同時になかなか骨の折れる段取りでもある。ラビューの座席は早めに押さえ、ホームの混雑は覚悟のうえで、ここで手にするのは静けさではなくお祭りなのだと割り切ってしまうのが正解です。
あくまで仮説ですが、話の筋は通っていると思います。これだけ人の集まる日がはっきりしているなら、かしこい選び方は二つに一つ。ピークに全部を賭けるか(祭りか満開を、しっかり予約のうえで)、あるいはそこを避け、谷が静かでラビューが半分空いている普通の平日に、SLと渓谷の船とわらじカツ丼をのんびり楽しむか。どちらも、堂々たる東京からの秩父 日帰りです。もったいないのは、その「中間」。閑散期にふらりと来て絵はがきの景色を期待し、はじめからそうではなかった静かな山の町に出会ってしまう、という日ですよ。
丸一日みておくと安心です。ラビューは片道約77〜80分ですが、見どころは盆地のあちこちに散らばっています。駅近くの神社や酒蔵の通り、北の長瀞渓谷、山を上がった三峯神社。川・神社・季節の丘のどれか一つを軸にして、お昼を足せば満ち足りた一日になりますよ。三つ全部を欲張ると、少し慌ただしくなってしまいます。
あります。ただし、時期についてだけ正直な但し書きを一つ。ピークの日(4月中旬の芝桜、または12月2・3日の夜祭)なら、東京近郊で忘れがたい一日になります。何でもないオフシーズンなら、きれいだけれど静かな山の町で、何が騒がれているのだろうと拍子抜けするかもしれません。求めるものに日付を合わせれば、秩父はちゃんと期待に応えてくれますよ。
芝桜なら4月中旬から5月上旬、夜祭なら12月2・3日をねらいます。ただし激しい混雑は覚悟して、列車は早めの予約を。静けさを味わいたいなら、それ以外の晴れた週末がおすすめです。SL(SLパレオエクスプレス、週末運行・要予約)と長瀞のライン下り(3月上旬〜12月上旬)を軸にすれば、同じ谷とは思えないゆったりした一日になりますよ。
一人あたり約¥5,000〜6,000が目安です。内訳は往復のラビュー(特急料金込みで片道約¥1,500)、地元のお昼、そして渓谷の船かSLのような有料体験を一つ、といったところ。「西武 1 Day パス+長瀞」(外国パスポート所持者で約¥1,500)を使えば地元の運賃は抑えられますが、ラビューの特急料金は対象外なので気をつけてくださいね。